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緊急リポート「東日本大震災」(2)

緊急リポート「東日本大震災」(2)

緊急リポート「東日本大震災」(2) さんプロフィール
【代表取締役/竹中 志元】1972年生まれ、帯広出身。2003年札幌にて株式会社デザインセンターを設立。RC建築を中心に、日本全国で年間300棟以上のデザイン設計、構造計算を行なう。

株式会社デザインセンターは、全国のビルダー・工務店に向け、主にコンクリート住宅のデザイン設計の提供を行なっております。
今回の東日本大震災によって大きな被害を受けた、仙台市若林区、宮城県気仙沼地区などにも顧客企業があり、同地区には同社の設計物件が30棟ほどあります。
2011年4月9日、代表取締役竹中志元氏が、状況を把握するため被災地に入りしました。

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陸地に取り残された巨船〈気仙沼〉

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 気仙沼港では、陸に打ち上げられた大きな漁船や、火災を起こし半焼状態のまま停泊している船がありました。
 陸地に打ち上げられた船を海に戻すことは、不可能ではないようですが、護岸の強度の問題やコストの面からとても困難が伴うと言います。残念ながらその場で解体してしまうことが現実的な選択肢のひとつだということです。

 海岸沿いの道路は、元々埋め立てにより作られたものなのでしょうか、地盤ごと削り取られ、各所で寸断されていました。何故か海側のコンクリート製防波壁は出来たばかりのようなきれいさでそのまま残っていて、不思議な感じがします。
 また、気仙沼は特に栄えていた漁港という事もあり、大きな鉄骨造の倉庫や加工場がこの周辺には多かったようですが、津波の破壊力によって無惨な状態で崩れ落ちているものが散見されます。

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荒涼とした被災エリアに残ったコンクリート住宅

 気仙沼港の先端、大島汽船のフェリー乗り場のある地区。津波避難指定ビルとなっていた気仙沼土木事務所をめざして車を走らせて行くと、荒涼としたエリアに、一棟のコンクリート住宅を発見しました。2階建て屋上・ペントハウス付きの一般住宅のようです。

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 近づいてみると、一、二階の開口部のほとんどはガラスが抜け落ちて、玄関ドアもありません。工事工程でいうところのスケルトンという状態です。
 壁面には、2階部の中間(写真矢印部)にラインのような汚れが付いています。そこまで海水に浸かっていたのでしょうか。ただ、下から内部を見上げると、2階天井も剥がれている部分があるようなので、瞬間的にはもっと水位があったのかもしれません。

 3階ペントハウス部のサッシガラスは残っています。2階部もフィックスのサッシは壊れずに無事だったようです。
 中の様子は、外部から見える範囲では土砂なども無く、整然とした状態に片付けられています。間仕切りは無くなっていますが内側の断熱材は大きな損傷もみられません。壁面には、さまざまな漂流物が衝突したような傷も多数見受けられますが、傾斜角度測定器をあててみた結果、駆体の傾きは無いようです。
 全体を目視した印象では、内部造作をし直せば、今後も住み続ける事は可能な状態だと感じました。
 建物の三方にあったであろう外構の塀は、倒れたり欠けたりしていています。鉄筋コンクリート製といえども、やはり箱型に形成されていなければ、強度的には若干不足だったのかもしれません。

   震災前と震災後の比較航空写真〈気仙沼市朝日町付近〉独立行政法人防災科学技術研究所 ALL311:東日本大震災協働情報プラットフォーム
01012011-04.jpgのサムネール画像
気仙沼松崎地区を高台から見る

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 朝日町から直線で2kmほど南下した松崎地区。社(やしろ)のある高台を見つけたので登ってみました。そこから見下ろした情景の中には、ほとんど原形をとどめる住宅は残っていません。
 そしてあの日から1ヶ月ほど経ってもなお、海水が引いていない場所が見受けられます。



 海岸際に建つ白っぽい建造物は松岩ポンプ場です。現地まで行き、建物の正面にまわると、破損した車やがれきが散乱しています。このような、津波による漂流物が衝突することで破壊された建造物も多かったのではないでしょうか。

 このポンプ場の駆体にも、あちらこちらに引っ掻き傷のようなものが付いています。それでも、コンクリートから鉄筋が露出していたり、壁面が打ち破られていたりという部分は見受けられません。壁式コンクリート構造が、衝突力にも強いという事がうかがえます。

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運命を分けた土地の高低差

 海にわりと近い高台付近は、津波の到達したラインがくっきりと現れていました。家を建てた場所のほんの数メートルの高低差が運命を分けたと思うと、複雑な思いが込み上げてきます。
 過去の大津波の体験から高台に住まいを建てた方もいたと聞きます。「まさかここまでは・・」と思って家を建てたけれど、その想定を超えてしまったという話もありました。
 はたして、今後はこの地にどのような町を造れば安心して住む事ができるのでしょうか。

 下の写真の場所は、扇状に開いたその地形から、津波によって流されてきたがれきや家々が集積されていました。元々のグランドレベルが分らないほど堆積しています。

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その後、私たちは気仙沼を後にして南三陸に向かいました。〈つづく


sinsai_riseagain.jpg 株式会社デザインセンター(札幌市中央区、代表 竹中 志元)は、東日本大震災により被災された方への支援活動として、復興を応援するオリジナルのポスターとステッカーを制作し、ウェブサイトを通じて販売。その売上の全額を義援金として寄付する[Rise,again JAPAN PROJECT]を開始しました。

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