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Vol.2 村田利文
むらた・としふみ

Vol.2 村田利文

Vol.2 村田利文さんプロフィール
1956年北海道江別市生まれ。1981年、北海道大学大学院修士過程(電子工学)修了。専門は言語処理系。コンピュータサイエンスに加え、音響工学などを学ぶ。大学院在学中の1980年、札幌で同級生と株式会社B.U.Gを設立、取締役に。情報技術系の学生ベンチャーの走りとなる。1992年同社退職、ソフトウェア開発のビジョン・コーポレーションを設立、代表取締役に。1997年に合併、新会社、株式会社ソフトフロントの代表取締役となり現在最高技術顧問。その他に4社の役員を務め、プロジェクトマネージメントや、オープン・イノベーションを事業領域として活躍中。家族は奥様と三女。

1980年、北海道大学大学院在学中に同級生らと情報工学の分野で起業し、以来30年近くソフト開発・ITコンサルテーションの分野で先進的な役割を担う企業の要職に就いてきた村田利文さん。不順な天候が続いていた札幌につかの間訪れた真夏日、じっくり時間をかけて完成させたというデザイン性豊かな自邸に村田さんを訪ね、家にまつわるさまざまなお話しを伺いました。

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0IMGP2602.jpgーこのご自宅を建てられたのが4年ほど前と伺いましたが、何か契機となることがあったのでしょうか?

村田 若いころから家を建てたいという思いはあったんですが、1980年、北海道大学の大学院時代に仲間と立上げたソフト開発会社「株式会社B.U.G」が、創立7年目(1987年)に社屋を建てることになったんです。当時、自分もそのプロジェクト担当の1人として建築事務所の方と色々ディスカッションを重ねて、それがとてもわくわくする有意義な体験で、建築に対する興味がより強くなりました。その会社というのが丹下健三研究所出身者で作られた建築事務所アーキテクトファイブで、その縁もあり自宅を造るにあたっても土地の選定の段階で相談にのっていただきました。

ー高台にあり、とても眺望に恵まれたいい場所ですね。設計も傾斜地という条件をうまく活かしています。過程はスムーズに運びましたか?

村田 ただその後すぐに計画に入ったわけではなく、期が熟して自宅の建築を真剣に考え始めたのは、土地を取得してから4・5年後ぐらいですね。その時アーキテクトファイブさんから札幌の建築家「SUZUKI MAKOTO ATELIER」の鈴木理さんを紹介され、具体的な計画が始まりましたが、さらにそこから建て始めるまで2年程かかりました。

ーその2年間というのはどのような時間だったのでしょう。

村田 デザイン的なテイストも含めて、僕たちはどんな家に住みたいのかということを話した時間ですね。ときどき「美術館のような家ですね」と言って下さる方がいるんですが、まさに設計に入る前に要望として鈴木さんに出したイメージがそれだったんです。空間の仕切りが少なく開放感があり、本が沢山あって本が主役のひとつというか、家全体が本棚みたいな住まいを造りたいと思っていましたね。建築家も私もこだわってじっくり時間をかけた分、納得度の高い家が出来たと思います。

00MG_8625.jpgのサムネール画像ーさきほど蔵書を拝見しましたが、その量に驚きました。昔読んだ本も大切に持ち続けるタイプですか?

村田 そうですね。引越しを繰り返しても捨てずに持ち歩いてきました。たぶん7, 000冊くらいあると思うんですが、今までは段ボールに入れたままだったりして、この家でやっと全部の収蔵本を本棚に並べることが出来ました。中学の頃以来ですね。それが憧れだったんです。背表紙をびしっときれいに並べるのが。前住んでいた家は、築20年程経った木造だったんですが、本棚のあった車庫の上の部屋が明らかに本の重みで変形し始めたんですよ(笑)。

ー書棚のあるエリアはRC造の地下なので、もう安心ですね。

村田 そうですね。本は湿気を嫌うので、地下室は心配だったんですが、断熱や内装でしっかり対処しているのでまったく問題はないですね。


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000MG_8688.jpgー書斎も地下に設けていますが。

村田 当初、間取りとしてはオープンな家を建てたかったんです。どこにいても家族の声が聞こえ、気配の感じるような。ただし自分の書斎とする地下だけは、どんな大きな音で映画を観ようが音楽をかけようが、上には聞こえない、そんな構造にこだわりました。僕は自宅で仕事をするとき、I Tunesのネットラジオを適当にチョイスして、がんがん音楽を鳴らしながらやるんですよ。少し高揚感を出すためにね。プレゼン資料を作ることが多いんですけど、うまく集中できなくて言葉がなかなか出てこないときには、そのほうが効率が上がるんです。実際RC造の地下は、遮音性能の面で優れているので、どんなに大きな音で音楽をかけようが、上の階には聞こえないですね。その点でもとても満足できるスペースに仕上がりました。

ー念願のご自宅が出来て、ライフスタイルに変化はありましたか。

村田 僕にとって大きかったのは、いろいろな人を招くことが出来る環境になったということですね。その点は外交面から見ても大きいです。企業経営者、大学の先生、芸術家など様々な方が訪れますが、商売を離れて人と集い、楽しく時間を過ごすというのはとてもいいですよ。何かの手段ではなく、それ自体が今は目的ですね。

ーITの世界で長年ご活躍されてきた村田さんからご覧になって、建築という世界はどのように映りますか。

村田 建築は「美学」と「工学」の整合性の上に成り立っているという点が美しいし、作り手側としてもやりがいのあるクリエイティブな仕事だと思いますね。コンピュータサイエンスも人々の審美眼を満足させるような製品やサービスのレベルに到達したいのですが、まだまだそこに行き着いていないという気もします。現実としてITの世界は経済原則が強く働いてしまうので美学が力を持ちにくいんでしょうね。

ー北海道に居を構えるということは、やはり地域への強いこだわりがあってのことですか?

村田 特に無かったんですけどね(笑)。東京という選択肢も確かにありましたが、やはり東京でネットワークを作ってもそれはどこか"うたかた"のものという感覚があるんです。関係がやはり取引で成立していますから。札幌で起業して約30年、様々な形で地域から応援もされてもきましたので、ある意味逃げられないというのもあるんです(笑)。小さな地域社会ゆえの制約も多いですが、それが良いところでもあって「ぶれないでやっていれば、必ず次のチャンスをくれる」環境なんですね。そこで恩返しというわけでもないんですが、この春から新たに自分のオフィスを立上げて、地域の産業にIT産業として貢献できるような事業展開にシフトしました。今後は、地域と技術と市場を繋ぐ役割も果たしていきたいと考えているんです。


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設計/株式会社 鈴木理アトリエ 一級建築士事務所

〒001-0013
札幌市北区北13条西3丁目13番地13条ビル2F
TEL:011-757-7612 FAX:011-706-0906

http://suzukimakotoatelier.m78.com/

取材 memo

「自然に家族がリビングへ集まるよう、子供部屋はあえて小さめに造った」という村田さん。空間をうまく構成し、開放感のあるクールなインテリアでありながら「家族が中心の家」という温もりも随所に感じられるご自宅でした。IT企業のトップの方ということで、こちらもいささか緊張気味に訪問しましたが、村田さんはとても人当たりが柔らかく穏やか。【自然体】そんな形容が印象として残りました。

構成/ 文:堀田正紀  写真:古田智紀

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